特集・競馬新聞 第3回 おなじみ「ワイド中継」解説陣に聞く 〜番組を支えるそれぞれの個性に注目〜
監修: 宮崎秀一(日刊競馬)   取材と文: 佐藤十枝(当サイト管理人)
協力: 日刊競馬 http://www1.sphere.ne.jp/nikkeiba/
これまで、競馬新聞の読み方についてじっくりとさらい直してきました。続いては、ワイド中継の解説の方々に、ひとりずつ話を聞いていこうと思います。現場担当、編集担当と日頃の仕事内容はさまざま。馬の見方や馬券についてもなか解説者自身のことを紹介する機会はないので、思わぬ一面を発見それぞれ得意な分野は違っているはずです。番組上ではなか!なんてことがあるかも。トップバッターは競馬研究・星野英治さんです。
 
星野さんは平成13年の春、土曜日の「中央競馬ハイライト」の解説者として登場しました。そして一昨年の夏からは<ワイド中継>、現在は日曜日のハイライトにも柏木集保さんと交代で出演しています。
【競馬との出会い】
昭和29年11月14日生まれ。出身は東京都で、現在も町田市に在住。競馬を始めたきっかけは、大学在学中にアルバイト先の食堂の仲間の影響。大井競馬場に出かけていき、初めて間近でみる馬の姿にとても感動したのだそうです。「月並みだけど、きれいだな、と思って」。
 
当時はハイセイコーブームの後で、競馬がやや下火だったころ。それでもトウショウボーイ、グリーングラス、テンポイントなどが活躍していた時代でした。星野さんは中でも特にトウショウボーイの走りが印象に残っているそうです。食堂のアルバイトは日曜日が休めなかったので、競馬場にいくのはもっぱら土曜日ばかり。それでもトウショウボーイのデビューから3戦を競馬場で観戦した記憶は鮮明に残っているのだそうです。
【トラックマンになったきっかけ】
競馬に対する熱い思いはずっと続き、大学4年の秋、「競馬の仕事がしたい」と、競馬専門紙を中心に就職活動を開始。たまたま欠員募集があったという<競馬研究>の試験を受けて、無事合格しました。社長面接で「いますぐに入社してもらうこともできるが、大学はどうする?」と聞かれ、「卒業したい」と答えた星野青年、後に、そのひとことが採用の決め手になったと聞かされました。結局、卒業までの半年は大学に通いながら、アルバイトとして働いていたそうです。星野さんの誠実な人柄がにじみ出ているエピソードです。
 
星野さんが入社した昭和53年は、ちょうど美浦トレーニングセンターが開場した年。競馬研究(競馬ブックといっしょ)の美浦支局も同時期に現在の場所(トレセンから車で約5分)にできました。しかし星野さんはすぐに調教の現場にはいかず、入社後3年ほどは編集の仕事に携わっていたそうです。その後、1度だけ<想定班>として仕事をした経験があるものの、ほとんどを<時計班>として過ごし現在に至っています。
【星野さんの仕事】
トラックマンの仕事の特徴は、1週間のリズムがきちんとあるということ。まず、月曜日は完全に休み。星野さんは撮りためたサッカーのビデオをみたりして、のんびり過ごします。火曜日も休みですが、夕方には美浦の支局へ移動して翌日からの取材のための下準備をしなければなりません。
 
ほぼ大半の馬の追い切りが行われる水曜日は、朝、調教開始時間の少し前にトレセンのスタンドへ入り、とにかくひたすら時計を採ります。担当は南ウッドチップコース。日刊競馬同様、7名のトラックマンで手分けして、次から次へとストップウォッチを押しまくります。この風景はまさに戦場。並々ならぬ緊張感が漂います。採時が一段落すると、追い切り時計のデータを整理、新聞の調教欄に載せる短評(フットワーク軽快とか、追われ伸び良好など)を1頭ずつ入れる作業をします。冬時間だとこの時点ですでにお昼。昼食をはさんで、午後はトラックマンの必需品、スクラップノートの整理、想定メンバーのチェックなど、予想のための下調べ。朝の早い仕事ですが、星野さんは昼寝をせず、夜、なるべく早く寝ることを心がけているそうです。
 
木曜日の朝も、調教スタンドへ。水曜ほどではありませんが、木曜日に追い切る馬もいるので時計を採ります。そして、昼以降からは予想に専念する大切な時間。まず、前日夜に録画しておいたグリーンチャンネル「今日の調教」で主に関西馬の動きを確認します。編集担当との打ち合わせなどをこなし、夕食をはさんで、夜遅くまでかかって予想を完成させます。
 
金曜日の朝もスタンドへ。多忙な水曜、木曜でみることのできなかった馬の気配などを重点的にチェックし、最終的な予想に反映します。そして昼過ぎには町田市の自宅へ帰宅。自宅までは3時間ほどかかります。「夏の福島や新潟のときは、家についたらすぐに荷物を詰めなおして東京駅へ向かうんだよ。美浦から直接いけばいいと思うんだけど、そうすると5泊6日でしょ・・・毎週毎週それもねぇ」。気持ちを切り替えるという意味でも、一度家に帰るということは星野さんにとって大切なことなのです。
 
週末は土日ともに競馬場へ。まず土曜日は午前中に<ラジオたんぱ>でパドック解説をひとレース。12時30分からは<ワイド中継>に出演。後半午後4時からの第2部にも出てもらっているので、その後、<中央競馬ハイライト>の収録が終わるまで、ほとんど休む暇はありません。競馬場を出るのは午後5時半近く。日曜日は午後から<ラジオたんぱ>に出演。最終レース終了後、<ハイライト>に出演(柏木さんと交代)してもらっています。
 
・・・と、これだけでもかなりのハードスケジュールをこなす星野さんですが、手の空いた時間は、成績をつけたり、パトロール映像をみたりと、大忙し。さらに、馬券もしっかり買っています。「最低限のモラル」というわけで、自分の本命馬以外の馬から馬券を買うことはないそうです。基本的には馬連、馬単を専門に購入。三連複、三連単には手を出しません。
【調教をみるということ】
「今は調教のパターンが多様化して、馬によって、南馬場、北馬場、坂路と使い分けている。同じ馬を同じ場所からずっと見続けていられないためにジレンマを感じることは多い。気持ちとしては、自分があちらこちらに移動して見にいきたいとも思うけど、現実問題、それだと新聞は作れない」。
 
昔は南馬場に近い厩舎なら南馬場で、北馬場に近い厩舎なら北馬場で毎日調教することが当たり前でした。しかし、坂路コースが誕生し、南馬場にウッドチップコースができてから状況は変わりました。例えば火曜は坂路、水曜は南のウッドチップで追い切り、木曜は北馬場で軽い運動、金曜は坂路・・・これでは<定点観測>はまず無理。でも、時計班の最重要任務はまず調教時計を完璧に採ること。正確なデータをより多く新聞に載せることが使命なのだから、仕方がありません。
 
こういった状況を踏まえた上で、星野さんが心がけているのは、「1頭1頭の馬の、いいときの状態をいかに記憶していられるか」ということ。「<いいとき>と言っても馬にはそれぞれに個性があり、一般的にどういう状態を<いいとき>とするかは一概にはいえない。つまり、どれだけその馬の個性をつかめるか」。
 
では、<調教で馬のどこ(なに)をみるか>。これは単純なようで、実は非常に抽象的な質問内容ですが、それを承知で聞いてみたところ、「体つき・・・それから気配・・・でも、それを言葉でどうやって説明していいか、いつも悩む」と星野さん。また、「テレビでは映像があるわけだから、自分の言葉(=解説)がどこまで必要とされているか、よくわからない」とも。
【競馬は楽しい】
この仕事をしていて、よかったと思うのは「予想が当たったとき。配当の大小に関わらず、この快感があるから続けられる」と即答してくれた星野さん。自身の予想のポイントについては、「馬の能力±気配・相手関係・その他もろもろの要素」つまり、「微妙な塩梅」。調教の見方同様、これも簡単には言い表せないのでしょう。「好きな馬は体をスッキリ見せて、ピュッと切れる馬。昔の馬でいうとホウヨウボーイやニッポーテイオー。でも、予想をする立場としては、あまり好きな馬は作らないほうがいいかな、と思っている。思い入れがあると、予想がうまくいかないこともあるから」。
 
予想をすること、そしてテレビ・ラジオで馬の状態を話すことは、微妙なニュアンスを伝える作業であって、とても難しいこと。しかも30分に一度は目の前で<結果>が出てしまうという非情な部分も持ち合わせている。端的な言葉で、良し悪しを言い切ってしまうのがいいのか、そうではないのか。星野さんは自分の打つ印や発する言葉の重みに、常に真剣に立ち向かっているのです。
 
競馬が大好きな二十歳の青年が、ずっと競馬を愛し続けて30年。星野さんはこれからも競馬とともに歩む人生を送っていくのだろうと思います。
 
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