美浦村通信「管理人のひとりごと」 第21回
中京競馬場へ行ってきました。もちろんサンちゃんの応援に、です。息子は初めての新幹線でしたが、動じることなく、もくもくとお菓子を平らげさっさと寝てしまいました。さすがに日々私に連れまわされているだけのことはあります。感心感心。
 
この日は朝イチでラジオたんぱの木和田アナ、竹川アナにバッタリ。「いったいこんなところで何をやっているんですか」などと訝しがられながらも(?)ちゃっかりたんぱのブースにおじゃまさせてもらい、すっかりお世話になりました。

資料作りに忙しい木和田アナ

竹川アナはもうすぐパパになるそうです
 
 
負けちゃった
で、肝心のレースはというと、ご存知のとおり3着でした。なかなか勝てません。予定では年内にあと1戦。気分良く年を越したいものです。
 
気を取り直して、夜はなにかおいしいものでも食べようと名古屋駅方面へ。木和田アナに教えてもらった「山本屋本店」(0120-253-758)へ行くことにしました。名古屋名物味噌煮込みうどんのお店です。私は牡蠣の入ったうどんを、夫は名古屋コーチンの入ったうどんをそれぞれ注文しました。初めて味わう本場の味。美味かったです。ちょっとお値段は張りますけどね。
 
中京で日曜日に競馬がある場合、関東馬は火曜日の早朝に競馬場を出て美浦へ帰ります。つまり月曜日は現地休暇。そんなわけで家族3人、仲良く出かけることにしました。とは言っても夕方のカイバまでには戻らなくてはなりませんからそうそう遠出もできません。これといったリサーチもしていなかったので、名鉄の駅に看板の出ていた“モンキーパーク”を目指すことにしました。名鉄の犬山遊園駅からモノレールに乗って行く、サルの動物園&遊園地。わりと楽しかったです。やっぱりこどもが小さいうちは、この手の遊び場に頻繁に足を運んだりするのでしょうね。ディズニーシーとかも一度は行ってみたいけど、アトラクションで何時間待ち・・・はイヤだなあ。
 
そうそう、中京競馬場のクリスマスイルミネーションがキレイでした。中山のツリーもそろそろ見頃(?)ですね。田舎暮らしをしていると、なんだかこういうものがやけに新鮮に感じるのです。
もうすぐクリスマス
(2002.12.06)

美浦村通信「管理人のひとりごと」 第22回
今年の中央競馬が終了しました。わが家は最終週の土曜日に出走を予定していたジョウテンサンデーが除外されてしまったので、一週早く今年を締めることに。そんなわけで有馬記念はコタツ観戦。「シンボリクリスエス強〜い!」などと驚嘆の独り言などを発しながら、テレビを見てました。心残りは・・・と言えば、中山競馬場のクリスマスツリーが点灯しているところを見られなかったこと。それはなぜか。たぶん、今年の後半、夫の担当馬たちの出るレースはなぜか(?)午前中の早い時間ばかりだったから・・・です(寂)。
 
さて、馬たちの近況です。フレンドリージャズはソエの具合が思わしくいないため、前走後に放牧へ出されました。心配ではありますが「ソエが出るのは走る馬の証」と都合よく解釈。未来の活躍を期待しつつ、帰りを待つことにしましょう。ジャズと入れ替わりに入厩したのはクロスディーバという2歳の牝馬です。父タマモクロス、母はユーフォリアという血統。母と同じヒダカブリーダーズユニオンの馬です。父譲りの芦毛にちなんで「しろちゃん」と名づけました(安易ではありますが、これはあくまでも息子との会話のためのものなので・・・お許しを)。馬房の中ではおとなしくてカワイイ子です。ちょっと食が細いのが悩みの種ですが。
 
入厩して一週間ほどたったある朝、仕事から戻った夫がこう言いました。「今日、しろちゃんが競走馬になったよ」と。どういう意味だかわかりますか。「競走馬になった」イコール「ゲート試験に合格した」という意味なんです。どんなに追い切りをやって体が仕上がっても、ゲート試験をクリアしなければ競馬場へは行かれません。1度受かっても、もし本番で行儀が悪ければ再審査が待っているし、そのための練習もしなくてはなりません。ゲート内で長い時間じっとしていられるように、ゲートに体を縛り付けて練習に励む馬もいるのだそうです。ゲートなくして競馬は始まらないということ。だからしろちゃん、トレセンに来てまず最初の「おめでとう」です。
 
サンちゃんも、しろちゃんも年明けの中山開催で、まずは「1勝」を目指します。願わくば開幕ダーッシュ!と行きたいところ。さらに贅沢を言えば1年を通してずっといい競馬ができれば最高ですね。今年、相沢厩舎は開業以来初の20勝ラインに到達しました。基本的に20馬房で稼動する厩舎にとって、20勝というのはひとつの目標なのです。さて、来年はいかに。「俺は3勝する」と夫は豪語(?)しておりますが。
 
さてさて、みなさん「中央競馬ベストレース・オブ・ザ・イヤー2002」の投票はお済みになりましたか。私はもちろんエプソムカップにしました。G1でもないしきっとほかに投票もないから、プレゼントのパネルはもらえそうにもないけど(いいんだ、写真たくさんもらったし・・・)胸を張って投票します。第1位はどのレースなのでしょうか。結果が楽しみです。今年も1年お世話になりました。来年も「ワイド中継」とこのサイトをよろしくお願いいたします。それではみなさまよいお年をお迎えください。
(2002.12.24)

美浦村通信「管理人のひとりごと」 第23回
「今年もよろしくおねがいします」
 
2003年になりました。例年通り、5日に幕を開けた中央競馬は中山に9万近い競馬ファンが集まったということで、大盛況だったようですね。正月休みの最後の1日を競馬場で過ごすのは、とてもよい心がけだと思います。「1年の計は元旦ならず、金杯にあり」なのですから。さて、みなさまの運試しはいかがでしたか。
 
管理人は新年早々、落ち込み気味です。6日に出走を予定していたサンちゃんことジョウテンサンデーが、よもやの出走取り消し(枠番発表前)。またしてもソエの悪化だそうです。8日の朝に放牧へ出ました。本当にいつもいつもご迷惑をおかけして申し訳ございません。もどかしいですね。でも人間の思惑ばかりを押しつけたところで結果は出ない。これが競馬。辛抱辛抱。
 
でも悪いことばかりでもなさそう。しろちゃんことクロスディーバの動きが良いのだそうです。11日の中山でデビューします。目標は来年のヒダカブリーダーズユニオンのカレンダーの表紙を飾ること(笑)。さてさて今年の初笑い、できるかな。
 
それから、サンちゃんと入れ替わりに“癒し系”マイネルトレノが戻ります。ま、そんなこんな(?)で、今年もどうかお付き合いの程よろしくお願い申し上げます。
(2003.01.08)

美浦村通信「管理人のひとりごと」 第24回
貴乃花が引退、ふと思った。力士と競走馬には共通する部分があるのではないかと。力士も馬もかなりの重量級。そして、ともにスピード&パワーを身上とする。
 
私はあまり相撲のことは知らない。たまに相撲中継を見て、スポーツ新聞の相撲欄を読むくらいだ。貴乃花は最近、休場することが多かったから新聞の見出しが報じるのはいつも「出るの、出ないの」ばかりだったように思う。
 
貴乃花はヒザを痛めていた。そしてそれが引退の直接の原因だったという。彼は自分のけがの様子をいっさいマスコミに話さなかったらしいが、もちろんさまざまな治療をしたのだろう。が、結局は完治に至らなかった。
 
そこで、これは本当に私自身の勝手な想像に過ぎないが、もし、たとえば3年の歳月が貴乃花の傷を癒せるという可能性があったとする。その場合、思い切って3年間土俵を離れて休む、という選択は彼にはあったのだろうか。やはり「横綱としての責任・・・」という理由であっさり却下されるのだろうか。
 
競走馬には、屈腱炎に代表されるような、時が解決してくれる病がある(もちろん治療もするが)。事実、1年、2年休んで復活した馬が何頭もいた。
競走馬が現役でいる期間は、長くて5〜6年なので、その中の1年、2年はとても長い。だからこういうことはオーナーの理解とスタッフのやる気がないと成立しない。それでも結果を出している馬がいるのだ。
 
プロスポーツは慈善事業じゃない、そう言われればそれまでだが、もし、時が解決してくれるのだったら、いや、1%でもその可能性があるのだったら3年後でも5年後でもいいから、もう1度貴乃花の相撲を見てみたかったと思う。
 
何度も書くが、これは私の勝手な想像。今の相撲界でそういう選択が許されるのかどうか疑問に思っただけのこと。偉大な功績を残し、相撲の世界を華やかにした貴乃花関には心から「お疲れさまでした」と言いたい。
 
さて、競馬。しろちゃんことクロスディーバは折り返しの新馬戦に出走したものの12着でした。騎乗していた小野次郎騎手は「走りが軽いから芝の方がいい」と話していました。この後は放牧、休みのあいだにしっかり脚もとを固めて、復帰は函館あたりがよいのでは・・・私は勝手に青写真を描いています(あくまでも勝手に、です)。一方のマイネルトレノは2回の除外を経て、今週末は3度目の正直となるでしょうか。近くフレンドリージャズが帰厩予定です。
(2003.01.24)

美浦村通信「管理人のひとりごと」 第25回
なんと。マイネルトレノがこのあいだの競馬(2月1日、京都)で、鼻出血を発症してしまいました。取材不足につき詳細は不明ですが、鼻ヅラにキズがあったのでゲートにぶつけたのではと推測されます。馬は鼻だけで呼吸する動物、だから鼻出血をすると息ができません。よって、レースでは激しく失速。結局トレノは勝ち馬から4秒1離されての15着。でも、なんとかゴールまでたどりつけたから良かった。で、鼻出血をすると1ヶ月間の出走停止。そんなわけでして、トレノはまたもや放牧です。
 
夫はその日、トレノのレースを自宅のテレビで見ていました。同じ日のレースに出走するゴールデンシンガー担当の三尾調教厩務員にトレノを託し、自分は美浦で留守番、つまり“持ち替え”でした。遠く離れた京都で自分の担当馬にアクシデント・・・いちばんイヤなパターンではありますが、今は携帯電話という文明の利器がある。レースの数分後には現場からの報告を聞くことができました。
 
さて、トレノと入れ替わりに入厩したのは3歳の牝馬。道営1戦1勝の“マル地”、いわゆる認定馬です。地方での馬名はマックスベットといったそうですが、JRAでの馬名申請に少々手間取っているとか。もしかしたら違った名前で走るのかもしれません。
さっそく馬を見に行きましたが、8月以来レースから遠ざかっているせいもあり冬毛がモワモワで、まるでぬいぐるみ・・・。何を思ったのか息子は彼女を見るや否や大喜びして馬房の中へ突進していく有様・・・。男の本能って、怖い(苦笑)。
さて、中央デビューはいつになることやら。もう1頭のフレンドリージャズもまだ予定が立たないし、当分週末は“留守番”組でしょう。やっぱり競馬がないと、つまらないなぁ(泣)。
 
まだまだ毎日寒いけど、昼間の時間が長くなってきて気分的には春遠からじ、といった感じ。インフルエンザのピークが過ぎて、まもなく花粉の舞う季節が到来。業界1、2を争う“早マスク”ミヤシュウ(宮崎秀一氏)はすでに準備万全だとか。みなさまどうかお体を大切に。人生、体が資本ですから。それではまた。
(2003.02.11)

美浦村通信「管理人のひとりごと」 第26回
なんとなくつまらない今日このごろ。理由はやっぱり競馬場に行ってないからだろうな。夫は今、フレンドリージャズ(3歳未勝利)とマックスベット(3歳500万下、馬名正式決定)の2頭を世話しているのだが、どちらも休み明け。それに、最近ありがちな「牧場で乗り込んできた」パターンではないので調整に時間が掛かっている。いや、ひと昔前まではこれが普通だったのだ。いずれにせよ、一度休むと、仕上がるまでは多くの時間が必要なのだ。もちろん馬だけの話ではない、すべてのアスリートに共通する点なのは周知の事実だろう。
 
そんな中、最近のホットニュースはマルターズホークの勝利だ。先週土曜日(2/22)の春望ステークスをデムーロ騎手の手綱で快勝、御年6歳、通算6勝目。実は、かつて私はマル(近しい者はみなこう呼ぶ)のPOGオーナーだったのだ。

マルがデビューしたのは2歳の秋。当時、会社の後輩と、ワイド中継のカメラマンと3人での「共同名義」で楽しんだ。新馬〜特別と連勝してクラシック候補に名を連ねた頃は、3人して胸をときめかせたものだが、その後体調を崩し、復帰してきたのはPOGの権利がなくったあとの3歳夏。以降、マルがこつこつと勝ち星を積み重ねる間に、後輩はこの業界を去り福祉関係の仕事に転職、そして私は厩務員の家族となり、一児の親となった。3年という年月は長いのだと実感した。
 
以下は余談。マルを担当する厩務員のナカジョウくんはウチの夫と仲が良く、わが家にもよく遊びに来る。マルがへこたれずにやってこれたことは、ナカジョウくんの手腕を抜きにしては語れないと言ってもいい。なかなかの好青年なのである。もちろん仕事に対しての情熱は半端ではない。ちなみに・・・独身、年は今年31歳になる。
 
さて、今週末は、きんせんか賞に登録したマックスベット嬢が除外をくぐり抜けることができれば、久々に中山へ行く予定。鞍上は新人の松岡正海騎手だとか。3月。もう、そんな季節なのである。
(2003.02.25)

美浦村通信「管理人のひとりごと」 第27回
私は、日常の小さな感動を、ここにこうしてつらつらと書き記している。でもそれはいつも楽しい出来事ばかりとは限らない。
 
中山記念でトウカイポイントが脚を故障してレースを途中で止めた。腱断裂で競走能力喪失だそうだ。トウカイポイントをここまでの馬にした関係者の心の痛みはもちろん、馬自身の苦しむ姿を想像するのは本当につらい。
 
実は前日の土曜日に、フレンドリージャズも競走能力喪失の診断を受けた。トウカイポイントと同じく腱断裂によるもの。レース後、オーナー、調教師らと厩舎へ行ってみると、そこには激痛に顔をゆがめ、狭い馬房の中をぐるぐる回り続けるジャズがいて、思わず泣きたくなった。
 
夫は「こうなる前に、せめて一つ勝たせてやりたかった」と、さすがに堪えているようだった。
 
しばらくすると、同じレースを勝った同じ厩舎のロンジェが、尿検査と上がり運動を終えて隣の馬房に戻ってきた。天国と地獄をいっぺんに味わうことになった相沢師は、なんとも複雑な面持ちだった。
 
中山競馬場の診療所で応急処置を施されたジャズは、とりあえず美浦に戻った。しかし、まもなく競走馬としての登録を抹消され、退厩していく。それから先のことを、私が知ることはないだろう。
 
こういうことがあると、普段の生活すべてがマイナス志向になって、すごく落ち込む。「もしや、私が厄年だからか」などとつまらないことを考えたりして・・・。でも、感傷に浸っているヒマはない。そんなことをしていても、いいことは何も起こらないから。
 
来週にはジョウテンサンデーが帰ってくる。今週末は、先週除外されたマックスベットの中央デビュー戦。彼女はきんせんか賞を除外されて結果的には良かったのだ。だって、シベリアンホークはケタ違いに強かったもの。さすがはマル(マルターズホーク)の弟だ。
 
なんか、ちょっと元気出てきた(笑)。それではまた。
(2003.03.04)

美浦村通信「管理人のひとりごと」 第28回
「うわぁぁあ」。と、こんな感じでしたかね。マックスベット嬢の中央デビュー戦は、なんともまあ散々な結果に・・・。「おりこうだったね〜」などとほめるところは特になし。あえて言うなら、パドックをおとなしく歩いていたことぐらいかな。
 
「どこに飛んでっちゃうか、おっかなくて」と、夫は返し馬をせずにお嬢をゲートまで連れて行きましたが、肝心のスタートは大出遅れ。週刊ブックの成績欄には“2秒不利”と記録されていました。それをみた友人が「え?じゃあ?まともに出ていたら10馬身は前にいたってこと?」と、励まし(?)のメールをくれましたが、多分そんなに甘くはないんだろうと思います、競馬は。
 
結果は16頭立ての16着。つまりはビリ。乗っていた松岡正海騎手は、やや顔面蒼白気味で検量室に戻ってきました。これもいい経験、とこれからの長いジョッキー人生の糧にしてもらえれば幸い・・・そう思わなければ、なんだか申し訳ない(泣)。
 
レース翌日の月曜日に馬房をのぞくと、お嬢はさすがにお疲れの様子。人間の若い女の子に例えて言うならば「目の下のクマがひどくてー、まぶたも腫れてるしー、もーどっこにもいきたくないのー!」みたいな。
 
1回使って変わってくれればいいけど、激減していた馬体も気になるし、でもビリじゃ進上金も入ってこないし、ま、ひとつ頼むよ、ね、お嬢!
 
今週はこのへんで。それではまた。
(2003.03.11)

美浦村通信「管理人のひとりごと」 第29回
ちょっといい話。
 
ある朝、仕事から戻った夫が「今日、コウシ(山本康志騎手)から聞いたんだけど、中谷くん(雄太騎手)が阪神に障害乗りにいくんだって」。まあ、ここまではフツーの話。「それがさ、中谷くんてさ、障害に乗るの、すっごい久しぶりなんだって。もう、自分でも憶えてないぐらい久しぶりなんだって」。
 
JRAのホームページで調べてみた。デビューした98年に8回、そして翌99年に1回。これが中谷騎手の障害騎乗のすべてだ。2000年以降は一度も乗っていない。
 
その中谷騎手が乗ることになったインタープレジャーは、前週の未勝利戦を山本騎手で勝った。馬が元気なので連闘で阪神ジャンプステークスに出ることになったが、あいにく山本騎手には中山で他の馬の先約があった。で、白羽の矢が中谷騎手に立ったというわけ。
 
夫が山本騎手に聞いてきた話によると、中谷騎手は週の半ば、1度だけ障害練習をしたそうだ。もっとすればいいのに・・・とも思うが、彼のように若い騎手は通常の調教をこなすだけでスケジュールが埋まってしまうから、これは仕方のないことなのだ。
 
レースの日の午後3時10分。夫と私はテレビの前で正座をしていた。固唾をのんで、というのはこんな感じなんだろうか。ゲートが開いてレースが始まった。中谷騎手とインタープレジャーはひとつひとつの障害を慎重に飛んでいった。私たちは彼らがジャンプするたびに「それっ」だの「おおっ」だのと、大きな声をあげていた。
 
結局インタープレジャーは完走したものの、ゴールにたどり着いたのは一番最後。が、しかしこのレースは落馬が多く最終的に14頭中6頭が競走を中止した。つまりインタープレジャーは8着。そう、競馬は8着までに入ると入着となり、賞金が出るのだ。夫と私は、まるで自分たちのことのように「やったー」とバンザイをした。
 
気になるのは中谷騎手の今後。これを機にまた障害レースに名を連ねるのだろうか。レース中の胸中なども含めて、本人に会って聞いてみたいところだ。
(2003.03.18)

美浦村通信「管理人のひとりごと」 第30回


偕楽園にて

月曜日に水戸の偕楽園に行ってきた。茨城県民となって1年半。県庁所在地である水戸に行くのは初めて。感覚的に、どのくらい遠いのかよくわからなかったが、足を運んで納得した。意外に近い。
 
偕楽園では3月末まで「梅まつり」をやっているのだそうだ。なにがまつりなのかは不明だが、平日にもかかわらず園内は大勢のひとで賑わっていた。
 
民家の軒先に梅の木があってもさほど匂いは感じないが、さすがに偕楽園の中は梅の花の匂いでいっぱいだった。でも、自然の匂いは嗅いでも嗅いでも気分がいい。
 
途中、小腹がすいたので、イカげそ焼きを買って食べた。ビールも飲んだ。旨かった。たったこれだけのことで、この日は大きな幸せを感じた。
 
帰り道はちょっと遠回りをして、大洗(おおあらい)の海を眺めてから帰った。家を出たのが昼過ぎ、夕方の4時過ぎに大洗を出て6時前には家に着いた。空はまだまだ明るかった。春だ。
 
さて、競馬の話。松岡正海騎手が初勝利を挙げた。19戦目でということだが、その中にはマックスベットで落馬寸前のあの1戦が含まれている。そんなこともあって、彼の勝利にはとても感慨深いものがある。
 
「おめでとう」が言いたい。そう思っていたら、月曜日に近所のコンビニでバッタリ。勝利騎手インタビューで見せた精悍な顔つきとは違ってそこにあったのは、のほほんとした少年の顔だった。こっそりのぞいたカゴの中身はダイエットコーラとカップラーメン。「休みなのにどこにも行かないのか」と夫が言うと、「部屋で寝てるだけですよぉ」と笑ってみせ、さっそうとママチャリで帰っていった。気負わず驕らず。なんだかいい感じだ。
 
お知らせはジョウテンサンデーについて。来週から始まる福島競馬で復帰の予定です。応援してくださいね〜。それではまた。

(2003.03.25)

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