長岡一也の岡目八目 第9回

野平祐二さんが他界されました。本当にいろいろな思い出があります。顔を合わせるときまって手を差しのべてくれました。その手のいつも冷たいこと。競馬に寄せる熱い思いとは対照的でした。

野平先生と呼ばれるのを嫌い、多くのものが ”祐ちゃん”と呼ばせてもらっていました。晩年、あなたも十分仕事をしたのだから、少しでも世の中に尽くすことをやったらどうですかと言われていました。自らは、苦境にあえぐ地方競馬のためにと、よく高知に行かれていたようです。私が行くことで少しでも役に立つのならと、いつも述べておられました。

最後まで大きく日本の競馬を見つめておられたのです。

祐ちゃんの一生は、独特の美学を貫ぬかれていたようでした。調教師になられた折でも、騎手であった立場を忘れず、騎手の立場が向上するように、そのためには騎手は如何にあるべきかを追い求めていました。騎手に対する思いは、青雲の志(こころざし)に匹敵するともおっしゃっていました。

その祐ちゃんの現役騎手時代は、華麗という言葉がぴったり当てはまるもので、その象徴的なプレイが、スピードシンボリとのコンビで演じられた数々のレースでした。
私自身は、8歳時(今の7歳)に達成した有馬記念連覇のレース実況が一番の思い出になっています。馬上で涙した祐ちゃんの胸のうちを、どれほど伝えることができたか、いつも胸に引っかかっていたシーンです。欧米へのハードな遠征の末に達成した快挙だっただけに、不死鳥と叫んだゴール前、その時は、天にも上る思いでした。

調教師としてはシンボリルドルフ。サンタアニタ遠征の折、放送席で解説をお願いしました。ルドルフを知り尽くしておられた祐ちゃんにとり、心残りであったはずです。ですが、一言もそれには触れたことはありませんでした。競馬を愛し騎手を愛する祐ちゃんは、全てを受け入れ、常にその先を見つめておられたのでした。


長岡一也の岡目八目 第10回

夏、どこかに行かれましたか。実は、先日北京に行ってきました。作家の浅田次郎さんも年に2回は行っているそうです。大の競馬ファンの浅田さんとは、競馬場でよく顔を合わせます。中国は日本のお母さん、ここほどカルチャーショックを受けるものはないとおっしゃっています。度々行くと言ったら、にっこりされていました。

今回は、北京市郊外にある龍頭(ろんとう)牧場を訪ねるのがメイン。本格的には競馬が行われていない中国でサラブレッド生産というのは、ちょっと途方もないことです。

何回か訪問し、この広大な土地、豊富な労働力に恵まれたこの大地でサラブレッド生産をやってみるのは面白いと思っていました。

しかし、レジャーに関する事情があまりにも異なる中国で、競馬の行われていない、いや、認められていない情況では困難と成り行きを見ていたのです。

今度、北海牧場の石田さんが中心になり、何人かのオーナーブリーダーの方々の出資を得て開場した龍頭牧場に、サラブレッド生産の将来の、あるべき姿を見たような思いでした。メジロアルダンスリルショー、19頭の繁殖牝馬が中国籍となり、元気に生活している姿に、ホッとさせられたのですが、この春10頭の仔馬が生まれ、着実に第一歩を踏み出していました。

空軍の生産施設だった400ヘクタールの土地のうち50ヘクタールが牧場用に整備されていました。2年後には200頭にもなる予定で、少しずつきゅう舎棟の建設がすすめられています。そして、来年には2000mコースも作られます。従業員27人の中には、モンゴル族のきゅう務員6人も含まれていました。中国産サラブレッドが世界各地でレースに出るためには、血統登録の管理体制ができて世界に認知されなければなりません。その準備が進められていますが、是非、早い時期に日本の競馬にも登場してほしいものです。


長岡一也の岡目八目 第11回

競馬のレース回顧は、気分的には後の祭りを思い起こすようなもので、不快です。特に大本命馬に心情的な思いを寄せ、その結果が敗戦というケースでは、まるで当事者の如き無念感を拭えずにいるものです。

勿論、その逆のケースもあるのですが、どちらかと言えば、結果を引摺るのは荒れた場合です。

その年のダービー馬が夏の札幌記念に出るのは、1976年のクライムカイザー以来で25年ぶり、ジャングルポケットへの思いはレースの行方すら超越していました。どんな勝ち方をして秋に結びつけるか、それを待ちわびるようにレースの流れを見つめていたようです。

ダービーでは周囲の不安を意に介さず、角田騎手は自信満々でジャングルポケットを勝利に導きました。久々の札幌記念でも、ダイワカーリアンのスローペースの逃げを自信を持って追い掛けていたのでしょう。ここから勝負というところから上がっていき、十分に先行勢を射程に入れていたように見えました。競馬の落とし穴は、特に久々の大本命馬の場合、追いくらべで前が止まらない展開になったときに出てくるようです。早目に抜け出したエアエミネムが勝利の流れに乗れていたのに対し、どのケースでも負けられないと見られていたダービー馬の方は、勝利のモードに入りながら、自らの動きの鈍さが足を引っぱったのでした。何かに負けて2着を考えるなら、3着だって有り得るのです。これが競馬と言うもので、ちょっとダービー馬に意地悪をする気なら十分に考えられる結果でした。かくして、遅れてきた大物エアエミネムの名を高めるだけだった札幌記念が終了し、この結果が2ケ月後の菊花賞までどう生き続けるかに関心が移ります。依然として、ダービー馬への思いは変わってはいないのですが、ひとつの課題を残したのは事実です。すべてを払拭する雰囲気を取り戻せるかどうか。


長岡一也の岡目八目 第12回

新潟の新しいコースの評判は、総じて良好のようです。特に長い直線は、ほぼ平坦ということもあり、スピードが落ちません。多くの馬が自己最高タイムで駆け、速いという点では不満はありません。

開催が後半にもなると、やはり内側は悪くなり、脚のある馬は外に出します。しかし、ローラーを掛けて馬場の整備をするため、特に土曜日は、内から伸びる馬もいて、そこは騎手の判断がものをいっています。

さて、こうしたコースコンディションを総括すると、ひとつはっきりしたことが言えるのではないでしょうか。

馬券で参加する者にとり、少しはレースが荒れる期待を抱きます。穴馬はいないものかと。ところが、ほぼ人気通りにおさまることが多く、なかなか思うようには荒れてくれません。この次こそとくり返すうちに、とんでもない奈落を見ることになります。どうしてかたいのかと、邪心が頭の中を駆けめぐるといった具合。

ところが、スピードの絶対値がものをいうレースの連続ですと、そうそう穴馬の出番はありません。それに、長い直線を考えて、特に外回りは前半のラップが上がらないという傾向が見られ、極端な追い込み馬の食い込む余地がありません。穴馬の狙う展開、レースの流れになっていないのです。いくら追い掛けても前が止まらない。持タイムのある馬に人気が集まり、それがくずれずにレースが終わっている状況が多いのでは、これも仕方ないということでしょう。

各馬の能力比較の盲点になっている馬、例えば、ほとんど顔が合っていない関西馬、異なる路線からの参戦馬など、狙いどころはだいたいその辺に落ちつくということです。

今後の問題といえば、新潟を走った馬たちの走破タイムがとてつもなく速いため、ここで記録したものを、コースの異なる秋競馬でどう評価するかでしょう。


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